相続において「誰にどのぐらい相続させるか?」は重要な問題ですが、日本の民法には、遺産の強制的な配分方法として『遺留分』という制度が存在します。
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に対して確保されている、「主張すれば必ず取得できる、最低限確保される遺産額」ですので、その意味において本人の自由な意思というものが及びません。
財産を築いた本人としては、「誰にどれくらい相続させるかは自分で決めたい」「国に決められてたまるか!」そんな思いがあるかもしれません。
しかし遺留分の問題は、生命保険を活用することで、ある程度は対策をすることができるのをご存じでしょうか。
この記事では、生命保険を活用した遺留分対策についてお話いたします。
目次
遺留分の制度は、被相続人亡き後の相続人の生活や暮らしを守るために設けられています。
例えば、被相続人が全ての財産を特定の相続人に相続させるような遺言や信託をしていた場合、他の相続人は一切何ももらえないことになります。
もしも、「財産がもらえない相続人に障害がある」「シングルマザー」等の事情がある場合、相続後の生活が経済的に困窮してしまうかもしれません。そのような事がないように設けられている規定が、遺留分です。
遺留分は、兄弟姉妹以外の法定相続人に確保されています。具体的には、配偶者・子・親が相続人である場合には、法定相続分の2分の1相当の金額までは、主張すれば必ずもらえるということになります(生前の贈与を受けているなど特殊な事情がある場合は、主張ができないこともありますが割愛します)。
逆をいえば、兄弟姉妹が相続人となる場合は遺留分がありませんので、配偶者・お子様がいない方は、遺留分を気にする必要がありません。
兄弟姉妹に対して、法定相続分以外の相続方法をご希望の場合は遺言や信託をすることで必ずご希望通りになるので、遺言や信託をすることをお勧めいたします。
さてこの遺留分という制度、相続の現場においてよく問題となります。
「特定の相続人になるべく多く配分したいが、それだと遺留分を侵害し、相続人同士で紛争になってしまう…」というのが典型例です。
生命保険は、遺留分対策において有効な手段として利用が可能です。その理由や留意点を解説します。
生命保険は、保険契約者が亡くなった場合に一定の金額(保険金)を受益者(受取人)に支払う仕組みです。実はこの生命保険金は、民法の規定上、亡くなった人の相続財産とはみなされず、相続財産を構成しないのはご存知でしょうか。
このことは、あまり知られていませんが、生命保険金は法律上、相続財産ではなく「受取人固有の財産」ということなのです。
そして、「相続財産ではないから」という理由で、遺留分の計算には原則として含まれないという結論となります。
したがって、生命保険契約をして保険金として支払ったお金は、「相続財産から除外できる」という事が言えます。
つまり、生命保険契約をして支払った保険料は、相続財産ではなくなり、遺留分の計算から除外できるということです。
ただし、これは無制限に認められるものではありません。後ほど解説をしますが生命保険契約に基づいて相続人に渡すのは、概ね全財産のうち20〜30%に抑えておくのが無難です。
遺留分と生命保険の関係を考えるときによく混同してしまうのが、「相続における生命保険の非課税枠」です。
生命保険には、上記に述べたような「民法上の相続財産から除外する効果」の他に、「相続税の課税対象から除外する効果」も備わっています。
具体的には、相続人が生命保険金を受け取る場合、「推定相続人の人数×500万円」を上限として相続税の課税対象から控除される規定があります。
生命保険金は、民法上は相続財産にはならないので、相続税法上は「みなし相続財産」という名目で課税をするのですが、上記の金額までは課税がされないルールになっているということです。
例えば、お子さんが3人いる方が8000万円の現金を持って相続が発生した場合を想定してみましょう。生命保険契約をしていない状態であれば、相続税の課税対象は、
相続財産(8000万円)ー基礎控除(4800万円)
=課税対象の相続財産(3200万円) となります。
しかし、生命保険の非課税枠を最大限使った場合は、
相続財産(8000万円)ー非課税枠(1500万円)ー基礎控除(4800万円)=課税対象の相続財産(1800万円) に減少させることができます。
相続の場面で、生命保険を使うべきであるという根拠は、これらの生命保険ならではの効果から言われていることであると、ぜひ知っておいてくださいね。
生命保険の非課税枠は、必ずしも全てを使い切らなくても良いですし、非課税枠を超えて契約することも可能です。 お客様の中には、「非課税枠を超えて契約ができない」と誤解されている方も見られますが、そういうわけではなく、「超える部分については相続財産から控除がされない」というのが正解です。
それでは、ここで具体的な事例を通して生命保険の効果について確認してみましょう。
〈事例〉
被相続人:母
相続人 :長男、長女 のみ
相続財産:現預金8000万円
その他 :長男は生前に母に対して、暴言を吐く・脅す等の虐待を行っていた
母は、長男には一切何も相続させたくないと思っている
〈生命保険を使わない場合〉
母の希望を鑑みると、遺言を書いていただき「長女に全ての財産を相続させる」とするのが良いでしょう。そうすることで、法律上は全ての財産が長女に相続されます。しかし、ここで登場するのが遺留分です。母を虐待していた長男は、恐らく遺留分相当額を長女に請求するでしょう。そうすると、以下のような財産の配分となります。
長女→8000万円(相続額)ー2000万円(遺留分侵害額)=6000万円
長男→2000万円(遺留分侵害額)
長男が主張できる遺留分侵害額は、法律で決まった相続分の2分の1です。本事例にあてはめると、
8000万円×法定相続分(1/2)×遺留分(1/2)=2000万円
です。これは、主張すれば受け取ることができるもの(相続人の廃除等特殊な事情を除きます)なので、「長男には一切何も相続させたくない」と考えている母の希望はかなわない事となります(長女に多く相続はさせられているので、ある程度のご希望はかなっているとも言えますが)。
〈生命保険を使った場合〉
仮に上記の事例で、母が生命保険契約を活用していたらどのように変化するのでしょうか?以下の契約をしていたものとして再度計算いたします。
追加条件:保険金が2000万円の生命保険契約結んでいた
契約者・被保険者は母、受取人は長女である
このような前提にすると、相続後は以下の通り相続財産等が処理されます。
8000万円(生命保険契約前)ー2000万円(生命保険料)
=6000万円(相続財産)※生命保険料が相続財産から除外
長女→6000万円(相続財産)ー1500万円(遺留分侵害額)
+2000万円(生命保険金)=6500万円
長男→1500万円(遺留分侵害額)
結果として、長女の手に渡る財産を増加させ(+500万円)、長男の手に渡る財産を減少させることができました(ー500万円)。「長男には一切何も相続させたくない」はかなえることができていませんが、長男に渡る財産を減少させられているので、方向性としては母の希望に合致するでしょう。
また、長女は生命保険金2000万円をすぐに手に入れることができるため、遺留分侵害額請求をされた場合の支払いに充てることもできますので便利です。
以上のとおり、生命保険を活用すると特定の人の遺留分侵害額として主張できる金額を減少させたり、遺留分侵害額の支払いに充てるお金をすぐに手にすることができます。これらの効果があるので、遺留分対策には生命保険が有用ということになるのです。
以上、遺留分の問題への対策として、生命保険は有効であることがご理解いただけましたでしょうか。では、簡単にメリットとデメリットについてまとめてみたいと思います。
上記の事例で見ていただいた通り、生命保険料として支払ったお金は、民法上の相続財産から除外されます。結果として、(事例で見ていただいたとおり)遺留分侵害額として主張できる金額を減少させることができます。もしも、「特定の相続人に渡る財産をできるだけ小さくしたい」というお気持ちを持ってらっしゃる場合は、生命保険を活用するメリットが得られます。
こちらも重要な観点です。相続が発生すると、いずれかのタイミングで被相続人の銀行口座を凍結し、遺産分割協議がととのってから口座を解約、中のお金を引き出すという流れを取ります。
また、遺言がある場合、(遺言執行者が決められていれば)、遺言執行者が銀行の解約を行い、中のお金を引き出します。前者の場合は、順調に進んでも引き出しまで3~6か月以上かかるのが標準的です。
後者の場合でも、1~2ケ月は見ておくのが無難です。
ですから、もしも遺留分侵害額請求を受けてしまった場合は、自分の手持ちのお金から支払わなければならない可能性があるということなのです。
しかし、被相続人が生命保険契約をしており、受取人が適切に設定されていれば、遺留分侵害額請求を受けた人が、相続発生後すぐに生命保険金を受け取ることができるため(保険金は、受取人にすぐに払われます)、そのまま遺留分侵害額の精算に使用できます。
これにより、迅速にトラブルを終結させることができるので生命保険を活用するメリットとして挙げられるでしょう。
以上みてきた通り、生命保険契約を活用することで得られるメリットがあります。一方で、以下の点には特に留意しておく必要があることを確認しましょう。
生命保険契約を行い保険料をお支払いになった場合、契約を継続し無ければ意味がありません。よって、支払った保険料は使えない状態で相続まで待たねばなりません。手元の現金が潤沢でない場合は、少し困ってしまう可能性がありますね。
生命保険の際には、契約者・被保険者・受取人を設定する必要があります。遺留分対策として生命保険契約を行う場合、以下の形で契約をしないと上記に挙げたメリットを受けられないため、留意が必要です。
契約者 :被相続人
被保険者:被相続人
受取人 :遺留分侵害額請求を受ける相続人
特に受取人について、「相続人」としたり「遺留分侵害額請求をするであろう相続人」としないようにしてください。
「生命保険契約をすれば民法上の相続人財産から除外できる」のであれば、「全財産を生命保険にしてしまえばいいのではないか?」と思われるかもしれません。
そうすれば、相続財産が殆ど無い状態にできるだろうという考えです。
確かに、そのように思われるかもしれませんが、結論から言えばこれは控えてください。
過去の裁判例によると、全相続財産の内40%を超えて生命保険契約を行うと、一部の生命保険契約は民法上の相続財産に戻して計算がなされる傾向があります。
遺留分制度の潜脱は認めないという事です。
ですので、過剰な生命保険契約はしないようにしてください。
最高裁判決も、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる」としている。
いかがでしたでしょうか?生命保険契約を活用することで、遺留分への対策を行うことができることをご理解いただけたかと思います。
一方で、遺留分についての検討を行うときは相続税の観点や当事者の皆様の感情の問題など、様々な観点から検討が必要です。
また、遺留分の計算についても過去の贈与の有無などいくつかの点を踏まえて行う必要がありますので、対策をなさる際には専門家の意見を取り入れるようにしてみてください。
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