認知症対策や相続対策として注目される家族信託
やはり不動産を信託するケースは多いです。
不動産の中には抵当権が設定されている不動産もありますが、抵当権付きの不動産を信託することは可能なのでしょうか?
結論としては、「債権者の承諾があれば可能。」です。
もし、住宅ローンが残っていて抵当権が設定されている不動産の所有権が移転するなら、債権者(銀行など)に承諾をもらわなければなりません。
根拠は、契約にあります。金融機関等から借入(金銭消費貸借契約)をし、抵当権の設定契約をする際には、以下のような主旨の条項が必ず入っています。
「所有者は、金融機関の承諾を得ずに担保不動産を第三者へ移転してはならない」
これはどの金融機関でも間違いなく入っています。そして、それに違反するとどうなるでしょうか?答えは、
「一括返済をしなければならない」
ということになります。
金融機関との契約は必ず、借主が契約条項に違反すると、「期限の利益を喪失(分割支払いができなくなる)」するという契約になっているからです。
だから、家族信託をすると不動産の名義の変更をしますので、債権者に説明をした上で承諾をとらなくてはならないのです。
登記手続きだけを見ると、債権者の承諾が無くても信託の登記が出来てしまいますので、今までも債権者の承諾がないまま信託による所有権の移転がなされた物件は、私たちは何度も目にしています。
でも、それは非常に危険な行為なので、よく注意してください。
さて、肝心の承諾ですが、「信託することになったので、よろしくね」
といったあいさつで済めばいいのですが、そうもいきません。
本記事では、抵当権付き不動産を信託する時にどうすればいいのか、ご紹介します。
目次
金融機関が最も危惧するのは、貸し付けた債権が回収できなくなってしまうことです。抵当権は、債務者が借り入れの返済を滞らせてしまった時に、担保不動産を競売にかけられる、いわば保険です。
そして、信託よりも前に(登記でいえば先の順位で)抵当権を設定していれば、金融機関としてはそのあとにどんな登記が入っていようが、債務不履行があれば担保不動産競売(いわゆる「けいばい」)をすることができ、その落札代金から残債権の回収を図ることになります。
信託をされたことにより金融機関の担保が消滅したりすることはありません。ですから、突き詰めて考えると金融機関に決定的なデメリットはないのです。
家族信託をすると、不動産の所有権は、融資をした時とは違う人に変更されることになります。
一方で、抵当権はそのまま残ります。受託者が抵当権付きの不動産の管理・運用・処分を託された、というだけに過ぎません。今まで通り返済をきちんと続けていれば、金融機関が信託をしたことを察知することもないかもしれません。
では、抵当権が担保している債務はどうでしょうか?
先日の記事でもあるように、債務は信託財産にはできません。
関連記事:どんな財産が信託できるのか?
こちらの記事で信託できる財産と、できない財産を紹介しています。
不動産は名義を変更しますが、抵当権を設定した時の債務者は当然には変更しません。
この、所有者と債務者が異なる状況というのが、債権者である金融機関が嫌がるポイントです。
受託者が債務者になり代わらなければならない?
家族信託をする大きなメリットの一つは、認知症による財産凍結リスクの回避です。
介護や施設入所に必要な費用を、認知症になってしまった本人(委託者)に代わって家族(受託者)に管理してもらうのですが、場合によってはその資金は自宅の売却などをして捻出することになります。
将来的に自宅を売却する時に、抵当権がついている場合、当然、「残りの債務を弁済」して、「抵当権を抹消」してから売却します。
その時、弁済するのは息子なのに「債務者は現在認知症の親」という状況になりますね。
弁済の手続きをする際に、書類に記入するのは債務者です。しかし、既に認知症になってしまった本人(債務者)には、その能力がありません。
親「受託者の家族に代わりに書いてもらおう」
と思われるかもしれませんが、受託者が債務者でない以上それはできません。
家族信託を利用してマンション事業を子どもに引き継ぎたい、と考える方も多くいらっしゃいます。マンションをキャッシュで購入しない限り、融資を受け抵当権が設定されてますよね。
そのマンションを信託財産とすると、家賃の振込先は信託専用口座にすることになります。一方、借り入れの返済の口座はといえば、これは委託者の口座のままです。
本来であれば債権者は、もし返済が滞ったとき、家賃の振込先口座を凍結して対処できます。しかし家賃収入の入る口座と返済の口座の名義が異なるとできなくなってしまうのです。
委託者は通常、受益者も兼ねます。債権者はその受益権を差し押さえることもできるのですが、それは金融機関が避けたい最後の手段といった所です。
なぜなら、担保に取っていない「受益権」という債権を差し押さえるには、別途裁判上の手続を要するため、時間と費用が係るからです。
従って、抵当権付き不動産を信託する際には、金融機関は「受託者が債務を引き受けてくれれば承諾します」となる可能性が高いでしょう。また、受益権に質権を設定することもあります。
債務引き受けも契約です。金融機関・債務者・債務を引き受ける人の3者で契約を行います。債務引き受けには2種類あります。
免責的債務引き受けは、委託者の債務を、受託者が丸ごと引き受けることを意味します。
その後は、受託者が債務を返済していくことになります。
一方、重畳的債務引き受けとは、「受託者も債務者(連帯)になる」という契約です。
こうすると、金融機関は委託者・受託者のいずれかに「債務を全額返済してください」と言えるようになります。
どんなことに注意すればいいのか?
注意しなければならないのは、銀行の理解を得た上で、承諾をもらうのが現場では困難なことがあるという点です。
ここは家族信託の弱点の一つです。家族信託は歴史が浅いため、金融機関側に「前例がないので…」という理由にならない理由だけで嫌がられてしまうケースがあるのです。
この場合、金融機関側へのメリットを提示するなどして、理解を求めるしかありませんが、基本的な考え方としては、「金融機関にデメリットはない」事を、いかに論理的に伝えるかという点が重要です。
法律の構成を正しく理解していれば、金融機関にデメリットがないことはだれでも解ります。
なぜなら、担保権に影響はありませんし、受託者が連帯債務者に入ることでむしろ債務の担保はよりしやすい状況となりますから。
そのことを融資や窓口の担当者の方では理解ができないだけなのです。ただ、それは無理もないことで、金融機関の現場の最前線の方は、法律をそこまで深く理解することは必要がありませんので、やむを得ません。
よって、お勧めは、「金融機関にデメリットがないことの説明書」を作成し、それを担当レベルではなく「審査部」や「法務部」に回してもらうことが承諾への近道です。
現場よりも上の層にアプローチをするということですね。そうすれば、現場の方も喜ぶと思います。
なお、そういった書面は、専門家が作成したほうが信用力という意味においてよろしいと思います。借主と金融機関はある意味対立関係ですから、対立当事者が作成した書面は信用できませんよね。
なお、上記で軽く触れた通り信託をすることは、金融機関にとっても若干のメリットがあります。
例えば債務者が返済を滞らせた場合、銀行が債務者へ内容証明を送付するのですが、債務者が認知症になってしまっていては受領の能力も怪しくなり、場合によっては内容証明自体が届かないといった事態にもなりかねません。
そんな時、予め受託者が財産管理をしていてくれれば、受託者に連絡をして対応できます。連帯債務者に受託者が入っていれば、借主本人に管理能力が無くなってもまともな話し合いが出来ます。
家族信託を契約しておくことのメリットは銀行側にもあるので、専門家に説明してもらいながらじっくりと承諾をもらうようにしましょう。
法律の専門家が理解していても、金融機関によって、あるいは支店によって「家族信託の取り扱い」が異なるのが現状です。いわゆる、法律と実務との乖離です。
抵当権付き不動産を信託不動産にする場合は、金融機関側に理解を得られるだけの知識と経験がカギになりますので、家族信託の専門家へご相談ください。