2021.11.26

【家族信託物語】大切な家族に、何を残すことができるのか?


40年以上勤めあげた会社をリタイアしてから約10年が経ち、私は現在68歳になる妻と二人暮らしをしている。

二人の息子に恵まれ、無事に社会に送り出すことができた。それぞれ自立し、長男のフジオは幸せな家庭を築き、自分と同じく2児の父となった。

次男のトミオは相変わらずの様だが、十代の頃から憧れていたクリエイティブの業界で、広告デザイナーとして充実した生活を送っているみたいで少し安心した。

なんにせよ、年に数回の孫たちとの幸せな時間が、今の自分にとって一番の楽しみであって、この穏やかな時間が永遠に続けばいいのにと、心から願う今日この頃だ。

 けたたましく喚き散らすかのように、携帯電話の着信音が静寂の時間を切り裂いた。現役を退いてからというもの、先のように平穏無事な暮らしが続く中で、滅多に鳴ることがない携帯に思わず驚いてしまった。

それと共に、何とも言えない一抹の不安が脳裏を過った。この一本の着信が、今後の自分の人生を左右することになろうとは、夢にも思わなかった。

 「おぉ~たけちゃん、久しぶりじゃない。元気にしてたかい?」

大学時代からの友人で、税理士のたけちゃんからだった。数年前に第一線をリタイアし、後進の教育指導と併せて、企業の税務コンサルタント等で各地を飛び回っているとのことだ。相変わらずのフットワークの軽さと仕事に対する熱意は、現在の自分のそれとは違い、全くもって敬服に値する。

 お互いの近況報告もそれなりに、たけちゃんが切り出した。

「あのさ、ヒロちゃんのことなんだけど。」

大学時代からの旧友の訃報だった。一抹の不安とは、まさにそのことだった。

 学生時代は、たけちゃん、ヒロちゃんと三人でよく朝まで麻雀したり、飲み明かしたりしてたものだ。二日酔いのまま三人で登った富士山の頂上から見た夕焼けは、息を吞むほど美しく、三人とも思わず言葉を失って、しばらく呆然と眺めていた。

長い下山の道中で、各々の将来の野望を語り合ったな。今でも鮮明に記憶に残っている。

 ヒロちゃんは、奥さんを早くに亡くし、男手一つで二人の息子たちを立派に育て上げた。晩年は、行きつけのスナックのママと再婚し、仲睦まじく幸せそうな余生を過ごしていると、三年前の暮れに三人で会った際に言ってたっけな。

 「あの時は全然病気の影もなかったのに。急にどうして?」

重たい空気が流れる。少しの沈黙の後、たけちゃんは声を震わせながら答えた。

「事故だってさ。昨日の未明に、自宅から随分離れた路上で倒れてたところを通行人が発見して。」タケちゃんは、声を詰まらせながら続けた。

「ヒロちゃん、認知症を患ってたみたいでさ、三日前から行方が分からなくて、捜索願が出てたらしい。奥さんが不在にした隙に家から出ていって、財布も何も持たずに徘徊していたみたいだよ。」

まさかの事態に、事態を飲み込むまでに少々時間を要した。認知症なんて、遠い世界のように思っていた自分も気付けば73歳。他人事じゃない。

 ヒロちゃんの通夜は、しとしと降る雨の中ひっそりと行われ、翌日の告別式は家族と本当に親しかった友人のみで見送った。最後の別れを終え、火葬場の外に出た。昨晩の雨がまるで嘘だったかのように、空の隅々まで晴天が広がっていた。皮肉な空模様に苛立ちながら手で陽を遮った。

 ふと、隣に目をやると、声をひそめるようにタケちゃんが話し始めた。

「実は、結構トラブっちゃってるみたいでさ。遺言書も作成していなかったから、遺産相続の件で、今の嫁さんと息子たちが揉めてるんだよ。息子さんたちから相談されててさ。」

 そもそも、再婚当初から息子たちと奥さんとはうまくいっておらず、ヒロちゃんの認知症が悪化するにつれて、徐々に夫婦関係にも亀裂が生じていったみたいだ。

それに伴って奥さんの外出が次第に増えていったことに対し、息子たちの不信感が募り始めていた矢先の事故だっただけに、奥さんへの怒りが爆発したらしい。今回の事故はなるべくして起きた、お前のせいだと。

告別式からの帰り道タケちゃんは言った。

「ちょっと飲まないか?」

最寄りの駅前にある立ち飲み屋で、タケちゃんと一杯やりながら話を続けた。

「タケちゃん、もし俺が認知症になってしまったり、要介護になってしまったら、マイホームを売却した金で、家内と一緒に老人ホームに入居しようと思っているんだ。やっぱり、息子たちに迷惑かけたくないというかねぇ。次男坊はあの通りまだ自分のことで手一杯だし。」

ゆっくりグラスを傾けながら、タケちゃんはぐっと前に乗り出し、距離を詰めて、慣れた様子の語り口で話し始めた。

「まず、認知症になれば判断能力や契約能力がないという理由で、自宅の売却は容易にはできないよ。その場合は、成年後見人制度を利用することになるけど、これは、裁判所が選任した成年後見人が被後見人の財産管理等をするわけだ。でもね、この制度の目的は、被後見人の財産を守ることであるが故に、株でも外貨でも不動産の売却でもさ、妥当性の証明や手続きに要するリードタイムが非常に長い。柔軟な管理・処分ができなくなるんだよ。」

 唖然とした顔でタケちゃんの顔を覗き込んだ。

「じゃあ...」どうしたらいいんだよ、と続けようとしたところに、タケちゃんは続けた。

「どうしたらいいの?っていう話なんだけど、そうなる前に、今だから利用できる制度がある。家族信託という制度なんだ。」

「家族…信託?」

「そう。自分の裁量で家族に財産の管理・処分を任せることができる。これをやっておけば自分が判断できなくなっても、任された家族が代わりに管理・処分権限を持てるようになる。それにやっぱり、知らない第三者より、家族に任せる方が安心だし、内容を自由にカスタマイズできるから、最近はこの制度を利用する人が増えてきているんだ。金銭面でも成年後見だと後見人への報酬が毎月取られる、そして本人が死亡するまでそれは続くんだ、当然家族信託であればそれはかからないので、長い目で見ればコストは安く済む。」

 いつしか、タケちゃんの顔つきが税理士先生のそれになっている。とても頼もしく思えた。私は、さながらどこぞの中小企業のクライアントにでもなったようだ。タケちゃん先生の講話はさらに続く。

「じゃあさ、自分が死亡した場合はどうなると思う?配偶者である奥さんに資産は引き継がれるのだけれども、奥さんもまた認知症にかかっていたとしたら?」

確かにその可能性は高い。

「フジオにそのまま財産の管理を引き継いでもらえれば、俺も安心して逝けるんだけどな。」

タケちゃん先生は目を大きく見開いたまま、まるで某クイズ番組の黒光りした名司会者の如く、数秒の沈黙を保ってからこう答えた。

「正解!それができる。フジオ君からすれば最初はお父さんの為に、そして次はお母さんの為に、一つの家族信託で父親と母親の両方の認知症対策ができるっていう訳なんだな。さらに税務の点においても大きなメリットがあるんだよ。」

どんどん開いていく扉に吸い込まれていくように、気分が高揚してくる。

「父親または母親が財産権を持っている状態で実家を売却した場合には、マイホーム特例というものが使える可能性が高いんだ。マイホーム特例によって、譲渡益に課税されなくなることで、売買価格によっては500万円~600万円手元に残るお金が変わってくる可能性がある。そういう意味でも、親世代に実家の所有権がある状態でいつでも売却できる状態、つまり判断能力が低下してもフジオ君が代わりに売却できる状態にしておくことには非常にメリットがある。但し、認知症になったら家族信託は利用できないからね。」

 なるほど!完全に腑に落ちた。先ほどまでのどんよりした雲が、すっかりと秋晴れ模様だ。なるほどどうして、タケちゃんが一線をリタイアした身でありながら、未だに多くの顧客を全国に抱えているのかが頷ける。まるで落第生徒がテストで満点を取った時のように、声を上げて単純に喜んでしまっている。と同時に、自分を咄嗟に客観視してしまい、ちょっと照れくさくなった。危ない、ここは駅前の立ち飲み屋だぞ。知らず知らずの内に互いに前のめりになっていた。私はソーシャルディスタンスに意識を向けた。

 この他に三人の昔の思い出話で盛り上がってしまい、気付けば陽が落ちて、夕暮れ時になっていた。別れ際にタケちゃんの信頼できる司法書士事務所を紹介してもらった。明日にでも、家族信託契約の手続きと詳細について問い合わせしてみようと思った。やはり持つべきは友だ。

 

後日、長男のフジオと共に、タケちゃんに紹介してもらった司法書士事務所を訪れ、再度説明を受けた。引き締まった体に白いパンツが良く似合う、若く活発そうな男だった。

「お父様が亡くなられた時に、お父様の財産は、受益権という形で配偶者であるお母様に承継されますが、ここで信託契約を終わらせずに、新しい受益者であるお母様のために、引き続きフジオ様が自分の判断で財産を管理・処分できるようになります。」

司法書士の丁寧な説明を受けるフジオを見た。先日の自分と同じように、前のめりになりながら、思わず大きい声で「なるほど!」とTPOをわきまえずに連呼していた。やはり俺の子なんだな。ただ、嬉しかった。

この一か月後、公証役場で家族信託契約を済ませた。

 ヒロちゃんの四十九日法要で、タケちゃんと再会した。先日の家族信託契約を済ませた旨を伝えた。タケちゃんも安心した様子だった。帰りに先日の立ち飲み屋に再度寄った。

 一息ついた後、遠くを見るようにタケちゃんが語り始めた。

「ヒロちゃん、あの時どこに行こうとしていたのかな。後日さ、息子さんから連絡があって。現場の遺留品にメモがあったみたいでさ。どこかの夕陽をスケッチした絵が描かれてたらしいよ。」

はっとした。二人で目を見開いたまま、「富士山か!」同時に声を上げた。やっぱり俺たち三人は、あの時から何も変わっていなかったんだ。自然と涙がこぼれた。

家路に着いた。台所に立つ妻の後ろ姿、いつもの光景に少しほっとした。

「いつもありがとうな。」思わず口からこぼれた。

妻は何も言わずに少し照れた様子で、軽くうなづいた。

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